観察日記 その3

よろよろとトイレまでの道のり
それが唯一の旅

お腹を切った10年前に比べると格段によく歩ける
右足にもしっかりと体重が載る
お、これはいける

動きを探る

片足立ち、いけた
うつ伏せ、いける
うつ伏せから胸を少しあげてみる いける
前屈、いける
サイドストレッチもやってみる
恐る恐るなら いける

寝た姿勢から起き上がるのはちょっとキツイ

不意の動きには弱い
用心しながら
ゆっくりと
全てを意思のある動きに変換するのだ

脂肪の塊はホルマリンの海で
顕微鏡で覗かれるのを待っているらしい
クラゲのように浮かんでいるのだろうか

ぷかぷか
ゆらゆら

ずずずずずーーー
ガラガラガラ

隣のカーテンから
痰が喉の奥で泳ぐ音が聞こえる

「おしっこしたい どこでするの? トイレはどこ?」

「トイレへ行きましょうか?」

「ん?なに?」

「ト イ レ、ですよ」

「トイレ、あ〜 トイレどこ?」

この患者さんの排泄は
昼はトイレで、夜間はポータブルトイレ
混乱しておられるのだろう
看護師さんの対応に頭が下がる

同じやりとりが一晩のうちに3回ほど繰り返される
常夜灯がクラゲのように光るなか
夜は更けていく

眠れぬ夜をよたよたと歩く
廊下にメニュー表を発見
明日の昼食は鶏の唐揚げかぁ
低カロリーの魚料理が続いていたので嬉しい

翌朝、主治医が爽やかな笑顔でやって来た
ガーゼから滲み出ている血の地図を眺め
「はい、大丈夫、もう退院していいですよ」
「午前中」

あれまーーー
私の鶏の唐揚げ計画が……

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