◇体温と脈を味わうダンス

何をもって「ダンス」と称するのか、未だによくわからない。
人生において「これが最高のダンス!」と感じられる瞬間はそう滅多にやって来ない。
今までの五十数年の人生において、おそらくこれが現時点で最高のダンスであろう瞬間が期せずして訪れた。
寝間着に着替え、化粧を施された母の身体
顔は冷やっこい
手足はもっと冷やっこい
温かいところを貪り探す
私の右手は母の乳首とお腹の間を、そして左手は足の祖頸部を探り当てた
ここはまだ血のぬくもりがある
じっと手を当てる
これまでの5日間で覚えこんだ母の脈打つ感覚
無いはずの脈を
私のシナプスは見事に再現する
1分間97回の脈を前頭葉から手に送る
いつの間にか私の上半身は揺れていた
このまま時が止まればいいのに
どのくらいそうしていたのだろうか
滑車の音と共に突然ドアが開き、水色の作業着を着た男性二人が深々と頭を下げた
私たちのダンスに敬礼をするかのように
氷砂糖をカリカリとかじるような
少し甘くて冷やっこい時間はカットアウトされた
さっきまで私と踊っていた母は
担架に乗せられ
白い物体となった
体温と脈を味わうダンス
もうこんなダンスは踊れないよ
2014年2月1日0:25 84歳

 

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