◇極太みみず その後 ~入院体験記その4~

極太みみずとのデュオはなかなかうまくいかない。
自由奔放なこいつは、気まぐれに不意を狙って大きく動く。
私は為す術もない。
じっとうずくまって耐えるだけである。
こいつの動きを何度か腹で受けていると
同じ動きでも微細な差があることがわかってきた。
にょろにょろっ      ※ラストの「ろっ」は強くカットアウト
にゅるにゅるにゅる    ※フェードアウトしていく動き
にゅわにゅわにゅわにゅわ ※短い距離を振り幅少なくゆっくりと進む
するするするする     ※速い、速い、にわかに駆け抜ける
術後一日、二日、三日、四日…
だんだんと動きが小さくなってきた。
にょろにょろっ が にょろ
にゅるにゅるにゅる が にゅる
にゅわにゅわにゅわにゅわ が にゅわ
するするするする が する
どうどうどう
よしよしよし
静まっておくれ、そうそう、君はいい子だ。
さすりさすり
ぶつぶつ言いながら
なだめてみる。
赤みがかったピンク色の盛り上がった肉が
少しづつ生気を失い、乾いてくる。
そして、ひと月と半分。
1㎝×10㎝ほどの半分生きている百足になった。
百足が靴を履いて出掛けるには時間がかかり過ぎる。
だが、百足の虫は死して倒れず。
乾いた動きに変化しつつ
時に、にゅるにゅると
歩いていこう。
これからは
百足とのデュオ。

◇お食い初め ~入院体験記その3~

一縷の光明を見いだした。
ガスの翌日はとうとうお食い初めの日。
くん、くくん
ペロペロ
ぴちゃぴちゃぴちゃ
くくくん、くん
ぺちょぺちょ、ぺちょぺちょ
腹から胸、気管支を通って鼻へ通じる道を行ったり来たり。
舌と上顎が何度も何度も出逢う。
自分の手元まで舐めてしまいそう。
私は前世、猫だったのかもしれない。
形はないがよくわかる。
これは南瓜のポタージュ、これは人参のすり潰したもの、これは魚、これはたぶん豆類
ふふふふふ
思わず笑みがこぼれた。
食べることと笑うことが生きているということ。
よくわかった、
にゃーお。

◇ガス恋し ~入院体験記その2~

「ガスは出ましたか?」
術後、何度も何度も聞かれた。
ガスが来ないと何事も始まらないらしい。
ガスが来ないと絶飲絶食の呪縛から逃れられない。
あぁ、ガス恋し…恋しやガス
屁みたいなもん
お風呂ではただの泡
普通の生活では取るに足らないものとされているが
待っていると恋人よりも愛しい存在になる。
しかも、出そうと思っても出るもんではない。
ごくごく自然にやって来るまで待つしかない。
ガス待ちの日々。
1日が経ち
2日が経つ。
私の人生はガスがやって来るのをただただ待つためにある、
そんな気がしてきた。
そして、3日目の気だるい午後。
そいつは予告もなく、とても控えめに音もなくやって来た。
すうっーー
身体の芯に、か細いけれど一本の通り道ができたようだ。
「えっ、今のそうやった?」
いや、確かに、そうだ。人に聞いてもわからない。
弱々しいものだが、こいつの威力はすごい。
痛くて単調な入院生活を潤いのある生き生きとしたものに変える風穴であった。
飲み物がOKとなり、オレンジジュースを飲ませてもらった。
うまい!
「すがすがしいし ガスガス」
(回文:上から読んでも下から読んでもいっしょ)
やったーーー!

◇極太みみずが腹を這う ~入院体験記その1~

生きのよい極太みみずがお腹の中を這い回った。
幅5㎝はあると思う。
それほど長いものではない。
おそらく15㎝以内であろう。
残念ながら、このみみずは私の視界には映っていない。
大きさは我が身の体感からくる想像上のもの。
なかなか手強い。
こいつが動き回る度に激痛が走る。
こんな奴を腹に宿した経験はなかった。
2回のお産でこんな奴はおらんかった。
にゅるっ。
地平線と平行に
時に斜め15度に
伸びやかで見事な動きをする。
おい、おまえ、いいダンスをするじゃないか。
おまえがそのつもりなら、こっちだって考えがある。
おまえとシンクロしてデュオをしてやろうじゃないか。
こいつはなかなか予測不可能な動きをする。
うずくまる。
うずまっても足首は動く。
ポキポキポキ。
骨の音が心地いい。
おい、聞こえるか?
聞こえているのなら、共鳴しておくれ。
夜を明かして
踊ろう、私と。
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止むに止まれぬ事情があって、入院、手術をすることとなった。
不幸と思うか、千載一遇と捉えるかは己の心次第である。
避けられないことであれば、これを楽しむしか道はあるまい。
生身の身体感覚を味わい尽くす日々の始まり。

◇「3」

黒子沙菜恵さん(ダンス)×宮嶋哉行さん(バイオリン)×福西次郎さん(絵)の公演を見てきた。
いや、見たというより、その瞬間に遭遇したという感覚に近い。
始まる前、すぐ傍に黒子さんがいた。お客様のひとりと和やかに談笑している。そのあといつの間にかすっと居なくなった。黒子さんの姿が見えなくなった途端、私は出演者でもないのにどきどきしてきた。
舞台は境目なく始まった。
暗闇の中でうごめく身体。胸元と両手の白い肌だけがくっきりと浮かび上がっている。音のない空間、宙に向かってそろりそろりと空気をかき混ぜていく。
無造作に黒いシャツの袖口をめくる仕草、鋭い眼差し、動きが次の新たな動きを生み出し加速度を増す熱い身体、境目のない滑らかな動き。
どれを切り取っても、どう順番を変えて繋ぎ合わせたとしても矛盾無く繋がっている。
宮嶋さんの登場も境目なく始まった。
黒子さんが創った空間をバイオリンの音で一掃していく。まるで生き物のような滑らかな弓の動きから生み出される響き。開放弦だけなら自分もあんな風にバイオリンを奏でることができるかもしれない、そんなしあわせな錯覚をさせてくれる。丁寧に丁寧に音を探っていく宮嶋さん。大事なものを壊さないようにそっと。徐々にボルテージが上がっていく。宮嶋さんの身体とバイオリンと弓の動きが三位一体となる瞬間、それは素晴らしいダンスになっていた。
いつの間にか、黒子さんが向い側に立っていた。メロディのリフレインが黒子さんの身体のグルーブを増長させていく。
実に心地よい音と身体。
心地よいけれど、次に何が起こるか分からない緊張感、見えない糸が張り巡らされているようだ。
二人が創り上げた一発触発のきりりとした空気を、福西さんが容赦なく異なる匂いの風でかき乱していった。
引きずる雪駄の音と煙草の匂い、壁を引き裂くコテの音とともにみるみる白くなっていく壁。
この壁の行く末を固唾をのんでじっと皆で見つめている我々は、いったい何者なのか、何者であろうとしているのか、どこへ行こうとしているのか…
根源的な疑問がねっとりとした液を出す虫のように頭の中を這いつくばる。
3人3様の、存在そのものを賭けた対峙、即興の真骨頂を魅せてもらった。
終わったあと、ぐったりとした。
でも、不思議に身体は軽い。
長い長い帰路、景色を楽しむことのできない退屈な電車の窓越しには
暗闇で踊る黒子さんが見えた。
2012年4月2日(月) @京都アバンギルド